2018年10月号(第64巻10号)

安らかな生死への道-尊重死のすすめ

メディカル情報研究所所長 北里大学客員教授
大谷 英樹

本邦では、終末期の医療に関連して長期間にわたって延命を可能にする人工栄養法(胃瘻、中心静脈栄養法など)や最終末期の延命措置として気管内挿管・人工呼吸器が用いられています。生存期間は延長しますが、生命・生活の質が著しく低下することが多く、安らかな自然な生死への過程を辿ることが難しくなります。他方、欧米では延命のための治療はほとんど行なわれていません。したがって、延命措置による生命・生活の質の低下はほとんどみられず、苦痛を伴うことも少なく、また療養・介護に要する期間が非常に短くなります。延命措置を選択するか、しないかを決める指標として、生命観の観点より判断することが可能です。ヒトの生命は、精神的生命(生命の質=心・意識)と身体的生命(生命の量)からなり、前者は人間だけがもつ特有の性質、いわゆる人間性を有し、非物質的な部分です。後者は各種の運動に関与し、物質的な部分です。日本では、いろいろな延命措置が用いられ、身体的生命が重視され、精神的生命が軽視されている傾向がみられます。実際に、高齢者における延命措置の選択は、ほとんどが家族に委ねられており、延命措置を選択することが多くなります。
尊重死の目標は、尊厳死と同様に「単なる延命措置が施されることなく、安らかな自然な生死を迎えること」です。両者の違いは、尊重死は家族の意思表示によるものです。「家族の方々は患者の立場を尊重し、身体を傷つけ重荷を負わせる延命措置を受け入れないように配慮すること」です。とくに、75歳以上の後期高齢者では意識障害の回復する見込みのない精神的生命が失われている状態や、そのような事態が予測される場合には、延命措置の短所を考慮することが大切です。一方、尊厳死は、患者自らの意思表示によるもので、「人間としての生命・生活の質(尊厳)を保ち、単なる延命治療は中止し、安らかな死を迎えること」です。尊厳死の理念は、生命の質(精神的生命)あるいは人間としての尊厳を守り、精神的生命が失われた場合には延命治療に同意せず、「死を選択する権利がある」という患者本人の強い意思表示が込められています。尊厳死の宣言書(リビング・ウィル)など書類にしておくと、延命治療を選択することなく、中止することが可能です。