2018年8月号(第64巻8号)

戦いの神~火星

川崎医科大学検査診断学 教授
通山 薫

拙文を読者の方々に読んでいただけるとしたら、この晩夏か初秋であろうか。これを認めているのは平成30年の7月、場所は関西である。数十年に一度と言われた『平成30年7月豪雨』をくぐり抜けた直後である。皮肉にもこれを境に、関西は梅雨明けを迎えた。
久しぶりに宵の星空を見た。真っ先に目に入ったのは、南西の夜空に煌々と、かつ泰然と黄白色に輝く木星である。その少し左(天空では東側になる)に夏の星空を代表する蠍座、かのオリオンを死に至らしめた蠍がその体躯をくねらせており、そして心臓部に赤い1等星アンタレス(天文学でいうところの赤色超巨星の代表)が不気味に輝いている。さらに左(東側)へ伝うと、土星が明るいが、穏やかな光を見せている。そのさらに左(東側)、執筆時現在南東の方角に大きな橙色星…南西に見える木星と対極のごとく光を放ち、しかもアンタレスをはるかに凌ぐその存在に、怖れを抱くほどである。火星である。ローマ神話では戦いの神、軍神マルス(英語読みではマーズ)である。ギリシア神話ではアレス。前述した蠍座のアンタレスはアンチ・アレス(火星に抗う者)の意とされる。しかし今夏大接近中の火星はほぼマイナス2等星と圧倒的に燃え盛っており、アンタレスの炎などその比ではない。ちなみに星の明るさは、1等級違うと明度が2.5倍異なると定義されている。たとえば宵の明星・明けの明星で知られる金星は、最も明るいときにはマイナス4等星となる。満月は計算上マイナス12等星だそうである。
さて、話を火星に戻そう。戦いの神~火星といえば、クラシック音楽に親しんでおられる方であればホルストの組曲『惑星』を想起されるのではなかろうか。組曲の冒頭が火星である。この曲を初めて聞いたとき、三連符から始まる4分の5拍子という破天荒なリズムに驚いたのが懐かしい。そしていかにも邪悪な方向(今でいうダークサイド)へ心を駆り立てられるような危険な調べであった。
筆者が中学生当時も火星大接近で話題となり、それ以来の天文ファンであるが、この夏の火星はとりわけ怪しく、畏怖と危険を感じさせる。先般身近に起こった大阪北部地震や豪雨被害の有様が、そう思わせるのかもしれない。