2017年3月号(第63巻3号)

乳癌温存治療の矛盾 ~標準治療と個別化治療のはざま~

藤田保健衛生大学医学部 病理学 教授
堤 寛

日本乳癌学会のガイドラインは、温存療法後の全乳房照射を再発の抑制、予後の改善に貢献するエビデンスレベルA(最高レベル)と明記している。
乳管内病変のめだつ症例EIC(extensive intraductalcomponent)が温存治療後に再発しやすい乳癌の形である。EIC陽性例は30~40%に及び、若年者に多い。文献的には、EIC陽性の71%、EIC陰性の28%に温存療法後に癌細胞が残存する。日本では、温存後の腫瘍残存率は23~24%とされている。これらが温存術後の放射線治療に正当性を与えている。
計算してみよう。40%がEIC例として、残り60%の28%が再発する(全体の17%に相当)。文献的なデータから控えめに計算しても、40+17=57%以外の43%の患者さんは放射線治療なしでいけそう。非浸潤癌であるDCISは当然ながらEICなので、温存治療後に放射線治療を受けることになる点が矛盾。
手術切除材料に対してしっかりと病理学的検索が行われ、断端5ミリ以内に乳管内病変がなく、多発病変やリンパ管浸潤もない場合、全乳房照射なしとすることを病理医として切望する。2005年6月の第13回日本乳癌学会のシンポジウム「乳房温存治療の長期成績と問題点」で癌研有明病院から発表されたデータが最大の根拠である。
全乳房照射はやらないに超したことはない。照射部位の汗腺が萎縮し、皮膚が乾燥する。飲酒後、照射部位だけが赤くなる。全乳房照射後に妊娠・分娩すると、照射した乳房は大きくならず、授乳もできない。大きさの左右差が驚くべき状態になる。
形成外科医は、照射乳房は硬くなって、再建術ができなくなるので、できるだけ照射しないでほしいと願う。筆者は30~40年後を心配する。年をとって乳房が垂れてきたとき、照射した側はそのままの形状を保ってバランスが悪い。照射による二次発癌が問題になるやも知れぬ。温存例の全例に全乳房照射をするなんて、30年前はなんてひどい治療をやっていたんだ!と30年後に語られる可能性がないだろうか。
全乳房照射の必要のない患者さんがいて、病理診断で相当程度予知できるにもかかわらず、全員に同じ治療をするのは見直されるべきではないか。もっと、病理医に活躍の場を!