2012年1月号(第58巻1号)

「聞こえない」と「聞き取れない」の違い

東京逓信病院 病理科 部長
田村 浩一

高齢化社会となり、耳が遠くなったと感じている人、あるいは周囲にそういうお年寄りがいる人も増えていると思われる。人生の途中から聴力が低下した人を「中途失聴者」とよぶ。加齢のほか、突発性難聴など原因不明の疾患による場合もある。かくいう私も家族性の難聴で40歳頃から聴力が落ち始め、今は補聴器で何とか生活しているが、聴力は低下し続けている。年老いた母や祖母が難聴だったにもかかわらず、自分がそうなって始めて、いかに「難聴」を理解していなかったのかに気付かされた。
多くの難聴者が抱える「感音性難聴」は、音波を内耳で神経の電気刺激に変え、脳で再び音として認識するという過程のどこかが障害された状態であり、耳栓で耳を塞いだ状態とはまったく異なる。全音域の聴力が均等に落ちるわけではなく、聞き取りにくいのが低音領域だったり高音領域だったり、人により状態は違う。聴力の低下した領域に耳鳴りを生ずることが多いので、難聴は静寂の世界ではなく、絶え間なく頭の中で音が鳴り続ける世界となる。
軽度から中等度の感音性難聴では、「言葉は聞こえても意味が聞き取れない」のが最大の問題となる。「ひ」と「し」が聞き分けられずに1月か7月かわからぬ、あるいは聞き間違えた経験はないだろうか。それが多数の言葉で発生している状況と考えてもらえばよい。結果として、音声は聞こえても何を言っているのかわからず、外国語を聞いているような状態になる。大声や補聴器では解決しきれない。また、高さが同じ音はすべて一緒に聞こえてしまい、雑音の中から人の声を抽出して聞き取ることは出来なくなる。効果音の入ったドラマで、お年寄りがことさらテレビの音を大きくするのはこのためだ。さらに、神経刺激として脳に到達した音を言葉として分析する能力も低下するので、早口では聞こえていても意味が捉えられない。こうして、会話が成り立ったようでも常に聞き間違えの可能性があり、それは話し手にも本人にも判らぬまま終わる。
難聴者に対しては、しゃべっているから言葉が通じるはずだと考えず、大切なことは「書いて」伝える必要がある。特に医療でのインフォームドコンセントには必須である。何度か聞き返しただけで「認知症」扱いされたと嘆く難聴の高齢患者が多いことを知っておきたい。日常生活では、肝腎な主語が聞き取れなかったために、会話についていかれない場合も多い。「話題」さえわかれば、会話を予想しながら聞くことで、単語を正しく聞き取れることも増える。話の主題だけでもちょっと文字で伝えると良い。何か聞き返されたら、他の言葉で言い換えてみてほしい。「合羽」の「カ」を「カキクケコのカ」と説明しても、「タチツテトのタ」と区別できない。「レインコート」と言い直したほうが通じる可能性が高いのだ。
外から見ても「難聴者」であることはわからない。難聴者は聞き返すのが面倒で、言葉の通じない外国で意味もわからずニコニコ頷いているのと同じ状態になっていることも多い。これから益々高齢者が増える中で、当事者を含めて多くの人に、「感音性難聴」に対する正しい理解と、コミュニケーションのためのちょっとした工夫が求められている。