2010年6月号(第56巻6号)

女性にも前立腺がある

国際臨床病理センター
自治医科大学名誉教授
河合 忠

2010年1月9日、筆者の親友であるスロバキア共和国ブラチスラバ市、コメンスキー大学医学部病理学/法医学教授のM.ザビアチッチ博士が亡くなった。享年69歳、「女性前立腺」の幅広い研究に一生を捧げ、このテーマでは世界の第一人者であった。筆者が自治医科大学在職中の一時期、伊藤喜久博士(現・旭川医大教授)及び奥谷竜太氏(現・栄研化学)と共同研究をして交流を深め、彼の自宅にも招かれただけに誠に残念である。
ところで、筆者が医学生時代には前立腺と摂護腺という医学用語が入り乱れていたが、昭和22年日本解剖学会用語委員会はドイツ語名称を翻訳して「前立腺」に改名して現在に至っている。その後研究が進み、分泌液には主として潤滑作用をもつ粘液と前立腺特異抗原(PSA、分子量34キロダルトンの蛋白分解酵素セメノゲラーゼ EC 3.4.21.77)が受精を促すことが解明され、さらに近年では血中PSA測定が男性の前立腺疾患の診断と術後モニターに汎用されている。しかし、まれに女性でもPSA 高値を示すことが報告されている。
女性前立腺について最初に記載したのは、1672年、オランダの組織学者R.デ・グラーフで、男性前立腺の組織構造と類似していることから命名し、しかも性交渉における有用性にも言及した。しかし、筆者が習ったのはスキーン腺という用語であった。それが女性の尿道壁に埋没しているため200年余も注目を浴びなかったが、1880年、アメリカの産婦人科医A.J.C.スキーン博士が女性外尿道口に開口する腺導管を記載したためスキーン腺の用語が定着してきた。ザビアチッチ博士は、1963年以来病理学・法医学教室で多くの研究者との共同研究を含めて幅広い新しい研究手法を導入しながら「スキーン腺が単に女性尿道の壁に埋没した退化臓器ではなく、立派な機能を有する前立腺である」ことを証明し、遂に1999年に単行本「ヒト女性前立腺」(林田昇平訳、日本性科学体系IV、フリープレス、東京、2004)を発刊し、その全貌を明らかにした。性的刺激によって分泌を増し、尿道への分泌液には前立腺性酸性ホスファターゼはもちろん、PSAを多く含んでおり、女性前立腺癌の症例報告もある。Uスポット、Gスポットとの関係は?紙面の都合で未稿。