2021年3月号(第67巻3号)

グローバル化と高齢化(続)

東京大学名誉教授
岩本 愛吉

 前回の随筆「グローバル化と感染症」がモダンメディア2005 年5 月号に掲載された後も、2009 年パンデミックインフルエンザ(グローバル)、2010年コレラ(ハイチ)、2014年エボラ熱(西アフリカ)、2015 年中東呼吸器症候群(MERS:韓国)など、何らかの理由でグローバル化と関連付けられる感染症が続発し、社会のグローバル化と切り離して感染症を考えることはできなくなった。さらに薬剤耐性(Antimicrobial Resistance: AMR)(特に細菌)も、2015年エルマウG7サミット(ドイツ)から先進国が率先して取り組むべき課題の一つとされた。AMRに対抗できる新薬は、万一開発されても伝家の宝刀としてオーファン・ドラッグとなる可能性が高く、製薬メーカーのインセンティブを惹起しにくい。一社あるいは一研究者では不可能と見切りをつけた欧米のメガファーマは、官民共同(Public-PrivatePartnership: PPP)を含む国際パートナーシップを既に形成している。つい最近になって、国際PPPの一つCRB-X と連携して新薬開発をする初の日本メーカーが現れた。AMR以外の分野では、2013年G8認知症サミット(ロンドン)、2015 年WHO大臣級会合(ジュネーブ)などにおいて認知症が取りあげられ、パブリック・ヘルスのキーワードが「グローバル化と高齢化」になった様相を呈している。認知症においてもAMR 同様、有効な新規薬剤開発が極めて困難である。治療薬治験がことごとく失敗し、薬剤開発はより早期、つまり発症していない健常人に対する認知症予防薬の開発に向かっている。
認知症の早期診断技術がない現在、有効性の検証には大きな健常人被検者集団が必要である。認知症に関しても、欧米では既に官民共同PPP が形成され、日本も連携せよと迫っている。例外を除き、国内企業はまだまだ企業連合を組もうとしていない。知的財産(特許)に重きを置くアカデミアも同様で、自己の技術やデータを他者とシェアしようとしていない。国際共同治験に参加しなければ、国民に新たなドラッグラグを強いることにもなり得る。大げさに言えば、開国を迫られた幕末の状況に類似しているのだ。日本にとって正念場だと思う。