2020年4月号(第66巻4号)

トイレ考Ⅰ

帝京短期大学ライフケア学科 教授
松田 重三

 マレーシアはクアラルンプールの旅の夜、日本語ツアーで当時(1998)完成して間もないツインタワーの「ペトロナスタワー(452 メートル)」を眺めた。第1 タワー施工は日本のハザマ、第2 が韓国のサムスン建設部門だという。何故二国でタワー建設を分担受注したかは不明だが、どちらが先に崩壊するか話題になっているとのことだった。幸いにして現在も両タワー共健在である。
 クアラルンプールで一番驚いたのは、公衆トイレ。尾籠な話だが大便器の近くに蛇口に繋がれたホースがとぐろを巻いて置いてあった。
 トイレ掃除に使うのかと考えたが、はたと思い当たったのはお尻の洗浄。敬虔なイスラム教徒が多いので日常的に用を足した後はお尻を洗浄するのではないのか。祈祷の際前の人のお尻を目の当たりにするのだから、教義や礼儀にも適うが確かなことは分からない。
 台湾では、一部地域ではお尻を拭いたトイレットペーパーは流してはならず、傍らの容器の中に捨てる。本当かと覗いてみると、確かに黄色く色づいた紙が詰まっていた。
 当地では下水設備が未だ充分普及していないため、紙を流すと詰まってしまうためだそうだが、現在では国際空港を始め対応が進行していると聞く。
 豪州の繁華街キングストリートには、使用した注射器と針を入れると新しい注射容器が出てくるトイレがあった。麻薬常習者の使用済み注射器回し打ちによるHIV感染予防のための対策だと聞いた。“ 麻薬を止めよう”キャンペーンよりも、より実際的と判断した当局の英断は素晴らしい。
 さらに豪州は、キャンピングなどの野外活動が活発なお国柄。たまたまウォーキングやランニングの途中で催してしまったものの持ち合わせのペーパーがない場合、周囲を見渡して適当な大きさの葉っぱで代用することもあるだろう。しかしイラクサ科の植物、「ギンピーギンピー」は決して使ってはいけないのだ。
 葉や茎に毒刺毛を有し、人や動物が触れると針が刺さって残り痛みや蕁麻疹が生じるらしい。「イラクサ」の学名も「urtica」。触れると、まるで酸をかけられたような激しい痛みを生じるがあとの祭りで、それが2年以上も続く。森林の中で訓練中の新兵が、事前に注意されていてもつい使用してしまい、大変な事態が生じているとは、ガイドの話。
 兵隊と言えば、火野葦平の小説「麦と兵隊」を想い出した。
 杭州湾上陸作戦に従軍した一兵卒の言語に絶する状況が語られるが、行軍中催して、麦畑に踏み入り目的を遂げる。そのあと彼は、己の排泄した分身を繁々と眺めたあと、一輪の野草を刺して立ち去るのである。
 この先に待ち受ける己の厳しい運命が分かっていたので、世に生まれた自己の、せめての名残を分身に託したのであろう。