2015年9月号(第61巻9号)

肺炎原因菌シリーズ 9月号

写真提供: 株式会社アイカム

肺炎マイコプラズマ Mycoplasma pneumoniae

「液体培養でガラス面に付着して発育する本菌の位相差顕微鏡写真と走査型電子顕微鏡写真」

肺炎の原因になる種々の病原菌を、「定型」肺炎病原体と「非定型(異型)」肺炎病原体とに区別することがある。前者を代表するのは肺炎球菌およびインフルエンザ菌であり、患者によっては緑膿菌、黄色ブドウ球菌、肺炎桿菌なども含まれる。一方、後者にはクラミジア(Chlamydophila pneumoniae)やレジオネラ(Legionellapneumophila)などが該当するが、そのなかで市中異型肺炎の最多原因菌として注目されるのが本号に登場する肺炎マイコプラズマ(Mycoplasma pneumoniae)である。異型肺炎病原体は、標準的な細菌用培地に発育しない、グラム染色で確認できない、すべてのβ-ラクタム系抗菌薬に一次耐性を示す、などの点で定型肺炎病原体とは対照的な検査医学的特徴をもつ。
市中異型肺炎全体に占めるマイコプラズマ肺炎の割合は、成人においては30~40%であるが、小児では70~80%と高くなる。これまでマイコプラズマ肺炎には、一般に予後は良好であり、高齢になるほど発生頻度が低下し、季節的には秋から冬にかけて多発し、4年周期で流行する(流行年がオリンピック開催年と重なることからオリンピック病Olympic diseaseともよばれた)、などが特徴的とされてきた。しかし最近では重症化症例や高齢者罹患率の増加、流行の季節性や周期性がうすれてきたことなど疫学的状況の変化がみられる。マイコプラズマ肺炎の病変は下肺野に多く、胸部X線検査ではスリガラス状といわれる淡い間質浸潤影が典型的な画像所見である。この肺炎像はしばしば移動することから「歩く肺炎(walking pneumonia)」の名でも知られる。
マイコプラズマは原核生物(細菌)としての細胞構造をもつが、その細胞のサイズ(150~350nm)からみると細菌よりもむしろウイルスに近い。またゲノムサイズも細菌のなかでは最も小さい(M. pneumoniae では816,394bp)。しかしウイルスと違って、マイコプラズマは高栄養の無細胞培地に発育することができる。自律増殖可能な最小の微生物といわれるゆえんである。マイコプラズマの最もユニークな細胞学的特徴は、細胞壁(ペプチドグリカン骨格)を欠いていることにある。その結果、マイコプラズマの細胞は様々な形を呈する(多形性)ばかりでなく、柔軟であり、ガラスやプラスチックの表面に接着する能力をもつ。この性質を利用することによって、集菌(遠沈)、乾燥、固定、染色といった標本作製のための複雑な処理を行うことなく(したがって変形や人工産物を生じるリスクなしに)、生きたままの状態でマイコプラズマを直接観察することができる。
今月号の表紙には、液体培地中でガラス面に張りついているM. pneumoniaeの発育・増殖像を示す。底面が平らなガラス容器中の液体培地に本菌を接種して37℃で培養を続け、倒立位相差顕微鏡を用いて2.5~4分間隔でシネカメラによる連続撮影を行った。培養開始から数時間後、菌接種部位に小さな暗色のコロニーが出現し、時間が経つにつれて大きくなり、それとともにフィラメントが分岐しながら伸張し、コロニーの周りに網目状の構造をつくる。やがてコロニーから離れた場所にもフィラメント形成が見られるようになる。フィラメントは直線状かまたはやや曲がりくねっていて不均一な幅をもち(細胞壁がないため)、先端部および中間部の所々が肥大している。また大きく発育した暗色のコロニーは明るいハローで取り巻かれるようになる。左上の写真は、フィラメントの網目構造が画面全体に広がるようになった培養後3日前後の時点で齣撮りしたものである。写真左下の隅には明るいハローに囲まれた小さなコロニーが写ってみえる。より詳細な発育形態を観察するために、常法に従って固定、臨界的乾燥、金属蒸着を順に行って試料を作製し、走査型電子顕微鏡法により撮影したのが右下の写真である。所々でこぶ状に膨れた不定な幅をもつフィラメント状の菌の不規則な網目構造や球状の菌が多数集まってつくられるコロニー像など、M. pneumoniaeの多形性を物語る形態学的特徴が明瞭に示されている。

写真と解説  山口 英世

1934年3月3日生れ

<所属>
帝京大学名誉教授
帝京大学医真菌研究センター客員教授

<専門>
医真菌学全般とくに新しい抗真菌薬および真菌症診断法の研究・開発

<経歴>
1958年 東京大学医学部医学科卒業
1966年 東京大学医学部講師(細菌学教室)
1966年~68年 米国ペンシルベニア大学医学部生化学教室へ出張
1967年 東京大学医学部助教授(細菌学教室)
1982年 帝京大学医学部教授(植物学微生物学教室)/医真菌研究センター長
1987年 東京大学教授(応用微生物研究所生物活性研究部)
1989年 帝京大学医学部教授(細菌学講座)/医真菌研究センター長
1997年 帝京大学医真菌研究センター専任教授・所長
2004年 現職

<栄研化学からの刊行書>
・猪狩 淳、浦野 隆、山口英世編「栄研学術叢書第14集感染症診断のための臨床検査ガイドブック](1992年)
・山口英世、内田勝久著「栄研学術叢書第15集真菌症診断のための検査ガイド」(1994年)
・ダビース H.ラローン著、山口英世日本語版監修「原書第5版 医真菌-同定の手引き-」(2013年)