2014年8月号(第60巻8号)

新・真菌シリーズ 8月号

写真提供 : 株式会社アイカム

リクテイミア・コリムビフェラ Lichtheimia corymbifera

前号で述べたように、所謂「接合菌」の形態学的特徴といえば、本菌に限ってみられる特殊なタイプの有性胞子(すなわち接合胞子)と無性胞子(すなわち胞子嚢胞子)を産生すること、それに菌糸に隔壁がない(無隔性菌糸)ことがふつう強調される。しかし接合菌の特徴は決してそればかりではない。植物の根-茎-花(果実)にも似た栄養形システムと言えなくもない「仮根-匍匐糸(ストロン)-胞子嚢柄-胞子嚢下嚢(アポフィシス)・胞子嚢」の各構造物が整然と組み合わされて独特の形態をつくり上げている点を忘れてはならない。ただし属(genus)によっては特定の構造物(仮根、ストロン、またはアポフィシス)を欠いていたり、胞子嚢柄の形態(長さ、分岐の仕方、外形など)に違いがあったりする。そのためにこれらの構造物を含む栄養形全体の形態学的特徴が接合菌の属(時には菌種)を同定・識別する最も重要な指標となる。
本号に登場するのは、リクテイミア・コリムビフェラLichtheimia corymbifera という菌名をもつリクテイミア属Lichtheimia を代表する菌種である。この属はかってはアブシジア属Absidia とよばれ、ユミケカビ属という和名が与えられていた(Absidia の名の由来となったギリシャ語のapsis が「ループ、湾曲」を意味することから、この語をアーチ状に湾曲したストロンをもつ本属菌の属名に利用したと思われるし、ユミケカビのユミも同様の連想によるのだろう)。
リクテイミア属(アブシジア属)菌の栄養形の形態学的特徴としては、(ⅰ)仮根分岐点を結ぶアーチ状のストロンをもつこと、(ⅱ)ストロンのアーチ中間部から比較的短いながらひんぱんに分岐をくり返す胞子嚢柄を生じること、(ⅲ)胞子嚢柄の先端部と胞子嚢の間に円錐形のアポフィシスが介在すること、(ⅳ)胞子嚢は小型の洋梨形を呈すること、などがあげられる。この写真からは、仮根が目立たない点や、嚢子嚢が洋梨形というより円形に近い形にみえる点を別にすれば、本菌に特徴的な発育形態および構造物が比較的良好に保たれた状態で観察される。

写真と解説  山口 英世

1934年3月3日生れ

<所属>
帝京大学名誉教授
帝京大学医真菌研究センター客員教授

<専門>
医真菌学全般とくに新しい抗真菌薬および真菌症診断法の研究・開発

<経歴>
1958年 東京大学医学部医学科卒業
1966年 東京大学医学部講師(細菌学教室)
1966年~68年 米国ペンシルベニア大学医学部生化学教室へ出張
1967年 東京大学医学部助教授(細菌学教室)
1982年 帝京大学医学部教授(植物学微生物学教室)/医真菌研究センター長
1987年 東京大学教授(応用微生物研究所生物活性研究部)
1989年 帝京大学医学部教授(細菌学講座)/医真菌研究センター長
1997年 帝京大学医真菌研究センター専任教授・所長
2004年 現職

<栄研化学からの刊行書>
・猪狩 淳、浦野 隆、山口英世編「栄研学術叢書第14集感染症診断のための臨床検査ガイドブック](1992年)
・山口英世、内田勝久著「栄研学術叢書第15集真菌症診断のための検査ガイド」(1994年)
・ダビース H.ラローン著、山口英世日本語版監修「原書第5版 医真菌-同定の手引き-」(2013年)