2011年8月号(第57巻8号)

虫林花山の蝶たち

東日本大地震(津波)とチョウセンアカシジミ The Korean Hairstreak

今回のテーマはチョウセンアカシジミという橙色の翅を持つ可憐なシジミチョウの一種です。もともと朝鮮半島のチョウとして知られていたのですが、あろうことか昭和28年に日本の岩手県田野畑村で発見されました。そんな理由から、「チョウセンアカシジミ」という和名が付いたようです。その後、山形県や新潟県でも発見されましたが、いずれも田畑の周辺など人里近くに多くて、むしろ山の中には棲息しません。今日、本種は天然記念物に指定されていて、環境省発行のレッドデータブックでは絶滅危惧種Ⅱ類に入っています。
今から約60万年前(氷期)の日本列島は日本海が大きな湖の様であり、北は北海道と樺太(カラフト)、南は九州・中国地方・中国・朝鮮半島の東シナ海の北部が陸続きだったようです。この頃は亜寒帯湿地気候で現在より気温が4~8度は寒かったようです。その後、今から1万年前に大陸から離れて「日本列島」が形成されたようですが、その頃から気温が上昇し、やや涼しい気候を好むチョウセンアカシジミは北日本だけで生き残ったのでしょう。つまり、このチョウは、日本と大陸(朝鮮半島)が以前に陸続きだったという説を裏付ける貴重な生き証人(生き証チョウ?)になっているのです。
僕がこのチョウを見たのは、数年前に岩手県宮古市郊外の小さな集落の中の渓流沿いの林でした。そこにはチョウセンアカシジミが棲息しているということで訪れたのですが、その渓流沿いに所々あるこのチョウの食樹のデワノトネリコの木を見回ると、それほど苦労なく、この貴重なチョウを見ることができました。このチョウは午後1時を過ぎると、今まで静かだったのが嘘のように活発に飛び交って、しばらくするとデワノトネリコの木で産卵したり、交尾したりする姿が観察できました。デワノトネリコの木の周りを乱舞するオレンジの蝶たちに息を呑んで見上げたのを今でも覚えています。今回掲載した写真はその時に撮影したものです。
ご存知のように今年の3月11日に東北地方太平洋沖で大きな地震(東日本大震災)が起き、さらにその地震に伴って起きた津波が岩手県の陸中地方に大きな被害をもたらしました。この被災地域の多くは、期せずしてこのチョウセンアカシジミが分布する地域とオーバーラップしています。つまりチョウセンアカシジミというチョウは被災地のチョウといっても過言ではありません。最近、被災地の高校生から「チョウセンアカシジミの写真を復興のシンボルとして使用させて下さい」というメールが僕の元に入りました。もちろん、僕の拙い写真が被災者の皆さんの復興に少しでもお役に立てるのであれば、この上ない幸せですので、喜んで許可したのは言うまでもありません。
今回の大津波の被災地の皆さんの復興が首尾よく進みますことを心から祈念したいと思います。
虫林花山の散歩道:http://homepage2.nifty.com/tyu-rinkazan/
Nature Diary:http://tyurin.exblog.jp/

写真とエッセイ 加藤 良平

昭和27年9月25日生まれ

<所属>
山梨大学大学院医学工学総合研究部
山梨大学医学部人体病理学講座・教授

<専門>
内分泌疾患とくに甲状腺疾患の病理、病理診断学、分子病理学

<職歴>
昭和53年…岩手医科大学医学部卒業
昭和63-64年…英国ウェールズ大学病理学教室に留学
平成2年… 山梨医科大学助教授(病理学講座第2教室)
平成8年… 英国ケンブリッジ大学病理学教室に留学
平成12年…山梨医科大学医学部教授(病理学講座第2教室)
平成15年…山梨大学大学院医学工学総合研究部教授

<昆虫写真>
幼い頃から昆虫採集に熱を上げていた。中学から大学まではとくにカミキリムシに興味を持ち、その形態の多様性と美しい色彩に魅せられていた。その後、デジタルカメラの普及とともに、昆虫写真に傾倒し現在に至っている。撮影対象はチョウを中心に昆虫全般にわたり、地元のみならず、学会で訪れる国内、国外の土地々々で撮影を楽しんでいる。