2010年4月号(第56巻4号)

虫林花山の蝶たち(4):

ギフチョウ(幸せの黄色いバンド) Luehdorfia japonica

第3回目までが外国の蝶でしたので、これからは日本産の蝶を季節に合わせて供覧していきたいと思います。トップバッターは、「春の女神」として知られるギフチョウにしました。ギフチョウはオオムラサキと日本の「国蝶」の座を争ったほどに魅力のある蝶です。この蝶は、早春の一時期だけに出現するというロマンティシズム、希少性、美しさなどから多くの蝶の愛好家を狂わして止みません。毎年、ギフチョウが出現する時期になると、週末の天気予報が気になって、わくわくそわそわしてしまうのです。
ある年の5月の連休に、長野県のS村に住む知人からギフチョウの撮影に誘われました。S村には「イエローバンド」と呼ばれる異常型が出現することが知られていますので、喜んでそのお誘いにのったのはいうまでもありません。なにしろ、後翅辺緑が黄色く緑取られるイエローバンドといわれる美しい異常型は、S村で出現することが知られていますが、他の地域で見ることは極めて稀だからです(常染色体劣性遺伝形式)。
S村に到着し、早速H氏にギフチョウの発生地にご案内してもらいました。しばらく歓談しながらギフチョウを待っていると、気温の上昇とともに三々五々にギフチョウが飛来してくれました。発生地の林床には、カタクリやキクザキイチゲの花が咲き、飛来したギフチョウたちがカタクリの花にぶら下がるように吸蜜する姿はまるで夢のような光景でした。しかし、飛来するたびに期待をこめて翅の辺緑をみるのですが、イエローバンドはなかなか姿を見せてくれませんでした。そろそろ疲れたので帰宅しようと思っていた矢先に、何気なく目をやったカタクリの花に1頭のギフチョウが訪れました。何とそこにいたのは憧れて止まなかったイエローバンドのギフチョウだったのです。私の好きな映画に、山田洋治監督の「幸せの黄色いハンカチ」という作品があります。その時のギフチョウは、「幸せの黄色いハンカチ」ならぬ「幸せの黄色いバンド」といえるものでした。
ギフチョウは春の一時期だけに出現するため、自然崇拝(nature worship)のナチュラリストの先達が、この蝶に「春の女神」という畏怖すべき名前を当てました。しかしながら、実際には口先だけの「女神」の扱いで、多くの生息地では自然破壊や乱獲によってこの蝶が絶滅してしまいました。実際に、私がこの蝶と初めて出会った神奈川県の丹沢山中でも(かれこれ30年以上も前)、この蝶を見かけることは今ではできません(絶滅)。現在、いくつかの地域でギフチョウの保全活動が精力的に続けられていますが、いつまでもこの美しい「春の女神」を見つめていたいものです。
虫林花山の散歩道:http://homepage2.nifty.com/tyu-rinkazan/
Nature Diary:http://tyurin.exblog.jp/

写真とエッセイ 加藤 良平

昭和27年9月25日生まれ

<所属>
山梨大学大学院医学工学総合研究部
山梨大学医学部人体病理学講座・教授

<専門>
内分泌疾患とくに甲状腺疾患の病理、病理診断学、分子病理学

<職歴>
昭和53年…岩手医科大学医学部卒業
昭和63-64年…英国ウェールズ大学病理学教室に留学
平成2年… 山梨医科大学助教授(病理学講座第2教室)
平成8年… 英国ケンブリッジ大学病理学教室に留学
平成12年…山梨医科大学医学部教授(病理学講座第2教室)
平成15年…山梨大学大学院医学工学総合研究部教授

<昆虫写真>
幼い頃から昆虫採集に熱を上げていた。中学から大学まではとくにカミキリムシに興味を持ち、その形態の多様性と美しい色彩に魅せられていた。その後、デジタルカメラの普及とともに、昆虫写真に傾倒し現在に至っている。撮影対象はチョウを中心に昆虫全般にわたり、地元のみならず、学会で訪れる国内、国外の土地々々で撮影を楽しんでいる。