2010年2月号(第56巻2号)

虫林花山の蝶たち(2):

ペナン島のヘレナキシタアゲハ Troides aeacusの求愛行動

2回目の蝶は「ペナン島のヘレナキシタアゲハ」を選びました。キシタアゲハの仲間はトリバネチョウ(Birdwing:鳥羽蝶)と呼ばれる大きな翅を持つアゲハ蝶のグループに属していて、蝶愛好家の間ではとても人気があります。このヘレナキシタアゲハは北インドから中国、スンダランド、そしてインドネシアまで広く分布し、アジアの熱帯、亜熱帯を代表する蝶の一つといえるでしょう。翅を開いたときの大きさが130mmにも達するヘレナキシタアゲハが、青空をバックに悠々と飛翔する姿は一度見たら忘れることはできません。
ヘレナキシタアゲハに初めて出会ったのは、マレーシアのペナン島で開かれた国際学会の終了後に、ペナンヒルと呼ばれる山を散策した時でした。ペナンヒルは山全体が熱帯雨林に覆われ、そこにはキングコブラをはじめとする多くの動物たちが生息しています。ペナンヒルの頂上までは、通常はケーブルカーが運行されていますが、私が訪れた時には生憎ケーブルカーがメインテナンスのために運航中止だったので、ジープのタクシーを利用して頂上まで行きました。南国マレーシアとはいえ、標高830mのペナンヒルの頂上に立つと、さすがに吹く風も涼しく感じました。
ペナンヒルの頂上からトレッキングコースをたどってみると、開けた斜面が南側に広がって、ジャングルを上から見下ろすことができる場所がありました。そこは道の両側にランタナの花が群生していて、下からの上昇気流で吹き上げられた昆虫が集まる(ヒルトッピング)にはとても良い場所のように思えました。道路脇の石に腰を下ろして、汗を拭きながら見渡していると、突然、ジャングルの上を滑空する大きなアゲハ蝶が出現しました。その蝶は漆黒の前翅と後翅の黄色が鮮やかなコントラストを見せ、遠目にもキシタアゲハであることがすぐにわかりました。キシタアゲハの飛翔は、一般的な蝶のイメージとは異なり、まるでジェット機のように速く直線的で、どこからともなく現れてはジャングルの彼方に消え去っていきました。しばらくすると、キシタアゲハは上空からランタナの花をめがけて突然降下して、吸蜜を始めました。さらに嬉しいことに、オスとメスの求愛行動も観察できました。オスは空中でホバリングしながら、後翅内面にある毛を出し入れして、メスに匂いを送っていました。オスの求愛時に出す毛はなかなか写真には写らないものですが、この時は何とか写すことができました(掲載写真)。
蝶に興味を持ってから長い間憧れてきたキシタアゲハがファインダーの中で踊る姿はまるで夢のようで、今思い出しても興奮してきます。
虫林花山の散歩道:http://homepage2.nifty.com/tyu-rinkazan/
Nature Diary:http://tyurin.exblog.jp/

写真とエッセイ 加藤 良平

昭和27年9月25日生まれ

<所属>
山梨大学大学院医学工学総合研究部
山梨大学医学部人体病理学講座・教授

<専門>
内分泌疾患とくに甲状腺疾患の病理、病理診断学、分子病理学

<職歴>
昭和53年…岩手医科大学医学部卒業
昭和63-64年…英国ウェールズ大学病理学教室に留学
平成2年… 山梨医科大学助教授(病理学講座第2教室)
平成8年… 英国ケンブリッジ大学病理学教室に留学
平成12年…山梨医科大学医学部教授(病理学講座第2教室)
平成15年…山梨大学大学院医学工学総合研究部教授

<昆虫写真>
幼い頃から昆虫採集に熱を上げていた。中学から大学まではとくにカミキリムシに興味を持ち、その形態の多様性と美しい色彩に魅せられていた。その後、デジタルカメラの普及とともに、昆虫写真に傾倒し現在に至っている。撮影対象はチョウを中心に昆虫全般にわたり、地元のみならず、学会で訪れる国内、国外の土地々々で撮影を楽しんでいる。