2025年12月号(第71巻12号)

 皆さん、こんにちは。今年もついに12月となり、残すところ数十日となりました。今年は皆さんにとってどのような年だったでしょうか。締め切りの関係で、12月の初旬にこの後記を書いているのですが、先月は体調を崩し、まだまだ安静が必要な状況が続いています。これまで大きな病気もせず過ごしてきただけに、休養が必要な年齢になったと感じています。年末年始で何かと忙しい時期ですので、皆様もどうぞご自愛ください。
 さて、今年を振り返る上で、1 月に書かせていただいた、大河ドラマ「べらぼう」を取り上げたいと思います。舞台が住んでいる街ということで、この1 年間はべらぼうと共に歩んだ思いです。ドラマ初期は蔦屋重三郎の歩みを、吉原を中心に江戸市中の本屋や絵師、徳川家や幕臣と共に描き、吉原の忘八と言われる女郎屋の主人たちに鍛えられながら、出版業をはじめます。「吉原細見」や「青楼美人合姿鏡」などを代表作にし、喜三二(平沢常富)や山東京伝らと親交を深めていきます。田沼意次と共に新たな事業を行った平賀源内の存在も印象的でした。その後、喜多川歌麿と出会い(ドラマでは明和の大火の際に蔦重に拾われた唐丸)、黄表紙の出版を開始し、吉原から日本橋通油町に店を構えます。所帯を持った蔦重は、狂歌本や黄表紙、さらには洒落本を刊行していくのですが、この洒落本の刊行によって幕府の取締令により身代半減の刑に処されてしまいます。しかしその刑も逆手にとり、商売のネタにして、たくましく逆境を切り抜けます。
 まだ最終回を迎えていませんが、このページには書ききれないほど様々なエピソードがあり、最後まで写楽や曲亭馬琴、葛飾北斎など魅力的な人物が登場しています。大河ドラマの放映にあたり、大河ドラマ館にも数回足を運びました。印象的だったのは脚本家の森下佳子さんが脚本を書く上で、貧しい生まれで、親もいなかった蔦重は自分だけが辛いとは決して思わなかった、そこで膝を抱えていてはダメ、人を責めてもダメ。境遇を飛び越えようとする蔦重を通して、「それでもチャンスはあるはず!」ということを伝えていきたいとありました。蔦重は他人のために生き、行動することができたからこそ、ここまで頑張れたのではないかと思います。
 最後になりましたが、本年も本誌をご講読いただき有難うございました。今年から幅広いジャンルでいくつかの新シリーズを開始することができました。編集委員をはじめ、ご執筆いただいた先生方、本誌制作に携わる業者の方々全てに感謝申し上げます。読者の方からは多くの論文、バックナンバーのお問い合わせをいただき、編集室の励みとなりました。たくさんのご協力のもと、滞りなく発行できたことにあらためて御礼を申し上げるとともに、来年もモダンメディアをよろしくお願い申し上げます。

(美濃部 さやか)