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2025年5月号(第71巻5号)
本来の専門は白血病研究だ。が、平成3 年に文科省の医学教育モデル・コア・カリキュラム策定に参加して以来、医学教育が次第に専門と化した。一介のヘボ研究を優先するより、毎年8,000人強の有能な医師を育成する方が貢献度が大きいとの大義名分だった。
外圧を受けて変更した医学教育ではあるが、その恩恵に預かり、全国医学部を訪問し、視察や意見交換する機会が増えた。今日に至るまで、全大学を歩いて回った。
日帰りで出張できる大学を除き、前泊か後泊を余儀なくされることも少なくなかった。せっかく宿泊するとなれば、旅の疲れを癒やすべく、温泉に泊まりたい。旭川医大なら天人峡温泉、札幌医大なら支笏湖温泉、新潟大学なら弥彦温泉、福井大学ならあわら温泉、和歌山医大なら龍神温泉、大分大学なら別府温泉、鹿児島大学なら霧島温泉
など、北から南まで、逗留した温泉は数限りない。
もちろん湯治が目的ではない。このため、できるだけ大学近くに泊まることにした。信州大学では、歩いて行ける浅間温泉に投宿した。とは言え、そもそも温泉は鄙びた場所にある。信州大学のような例はごく稀だ。時間との戦いで、苦汁をなめたこともある。
ある年の12月初旬。九州大学に9時に訪問することになった。折角だからとネットで検索し、博多の奥座敷という誘い文句につられて脇田温泉に前泊した。幻のクエを食べられるのも魅力だった。クエ鍋と地酒を堪能し、ゆっくりと露天湯に浸かっていると、空から白いものがチラホラ。思いがけない雪見風呂。そう喜んでいると、翌朝はまさかの白銀の世界。天罰か? 12 月初旬の九州に雪が積もるなんて。全くの想定外だった。
朝風呂と朝食を断念し、番頭にタクシーを依頼した。「すぐ来ますよ」との声とは裏腹に、車一台やってこない。普段なら40 分のはずが3時間以上もかかった。予定時刻に間に合わず、ひたすら平身低頭で詫びた。以来、天気予報を何度もチェックして出かけることとした。