2014年8月号(第60巻8号)

グリーフケアと病理解剖

東京逓信病院 病理診断科 部長
田村 浩一

グリーフケアとは、死による喪失から生ずる深い心の苦しみ(悲嘆grief)に対するサポートをいう。通常、病院で患者さんが亡くなられた場合、死亡診断書を発行することで医療は終結する。ご遺族の気持ちに寄り添い、悲嘆から立ち直る手助けが出来ればよいが、日常診療で忙しい医療従事者には、とてもそこまでの手は廻らない。しかし、高齢者が増えた上に核家族化が進み、肉親を失った苦しみを家族の中で支えあうことが難しくなってきた今、グリーフケアは重要な「医療」の1つとも捉えられる。
病院の中で、患者さんの死に最も近い立場にいるのは、われわれ病理医かもしれない。ご遺族の承諾の元、亡くなられた患者さんの病理解剖を行って医療を検証し、さらに得られた知見を今後の医療の発展に役立てるのは、病理医の重要な責務の1つである。
東京逓信病院では2008年より、病理医が病理解剖の最終結果をご遺族に直接説明する機会を設けてきた。解剖を承諾されたご遺族が、解剖で判ったことを詳しく知りたいと思うのは当然であろうと考えて始めたことである。原則として、毎年秋に開催する解剖慰霊祭の当日に、あらかじめ希望されたご遺族に対して、用意した資料を用いて短い時間ではあるがご説明している。
当初は「入院前は孫と遊園地にいくほど元気だったのに、入院して1ヶ月も経たずに逝ってしまい…」などと聞くと、すわ医療不信かと身構えてしまうこともあったが、それに続くご遺族の言葉は異口同音に「どうして、もっと早く気付いてやれなかったのか、悔やまれる」とか「何かもっとしてやれることはなかったのかと思う」という言葉であった。病理解剖でわかった癌のタチの悪さや、あっという間に全身に広がった様子を具体的にお示しすることで、解剖の結果を詳しく聞いて気持ちが楽になったと仰るご遺族が少なくない。「意識もないまま、さっさと逝ってしまった」と嘆くご遺族に「身体が最後まで病気と闘っていた様子」を、病理組織の写真をもとにお話しすることで、説明を聞いてようやく死を受け入れる気持ちになったと仰るご遺族もいる。
今まで病理解剖の目的は、もっぱら医療従事者が亡くなられた患者さんから学び、医学を発展させるためと言われ、自分もそう考えてきた。しかし病理解剖には、グリーフケアに繋がる「遺族にとっての意義」もあるのだということを、改めて学ばせて頂いている次第である。