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2014年1月号(第60巻1号)

モダンメディア表紙への真菌の再登場にあたって

かなり以前のことなので今の本誌愛読者の中には知らない方々のほうが多いかと思うが、昭和60年4月号から平成2年12月号まで約70回にわたって毎号の表紙を真菌の写真で飾らせて頂いた。この時は大多数の表紙写真を、スライド培養標本の鏡検写真を中心にし、それに巨大コロニーや試験管培養のマクロ写真を組み合わせてレイアウトした。この真菌シリーズは思いのほか好評だったようであり、連載終了後には単行本にまとめさせて頂いた(栄研学術叢書第15集「真菌症診断のための検査ガイド」,1994年刊行)。
 6年もの長い間、真菌の写真を撮り続けたことは、私自身にとっても貴重な経験になった。しかし同時に、スライド培養標本の鏡検像が果たして真菌の本来の姿・形を忠実にあらわしているのだろうかという疑念に捉われることにもなったのである。いうまでもなくスライド培養法は、真菌の形態学的特徴を調べるのに便利な検査法として今でも広く使用されているし、その標本の顕微鏡写真はあらゆる真菌学の教科書に載せられている。ところがよく考えてみると、スライド培養標本が示す真菌のミクロ像は、カバーグラスやスライドグラスの表面に貼りついて平面的にしか発育できない真菌のいかにも窮屈そうな姿にほかならない。しかも実際に観察する標本には固定(および染色)処理まで施されているので、より不自然さが増している。
 何とかして真菌の特徴的な発育形態や構造物を生きた自然のままの状態で観察できないものか、と思案している時にふと頭に浮んだのが(株)アイカムの優れた顕微鏡撮影技術である。知る人ぞ知るこの会社は、顕微鏡撮影を得意とし、これまで第一級の生命科学・医学の学術映像作品を多数世に送ってきた。その中には私も制作に加わった真菌や真菌症に関するものも少なからず含まれている。(これらの作品群に興味のある方は、ぜひ同社のホームページ〔http://www.icam.co.jp/〕を訪ねられたい。)
 流石のアイカム社の技術スタッフの方々も私の無理な要求にはかなり苦労した様子だったが、やがて数々の難題を克服し、見事な特殊撮影技術を開発して下さった。そうして出来上った写真を見て私は我とわが眼を疑った。通常のスライド培養標本の写真とは比べものにならない広い視野の中で伸び伸びと発育する真菌の姿を明瞭にとらえた写真は、どれも私の予想をはるかに超えた出来栄えであり、おそらく世界に2つとない貴重なものといえよう。それらの写真の幾つかは、先年私の小著「真菌(かび)万華鏡」(南山堂,2004年)に収載させて頂いた。それがこのたび編集委員の方々の目にとまり、この1年間本誌の表紙を飾ることとなった。真菌としては20余年ぶりの再登場であるが、より高度の特殊な技術で撮られた各真菌の生の姿を堪能して頂ければ幸いである。
 最後に、今回の企画に賛同されて快く写真を提供して下さった(株)アイカムに厚く御礼申し上げる。


写真提供 : 株式会社アイカム

新・真菌シリーズ 1月号
カンジダ・アルビカンス
Candida albicans

 このシリーズの第1番目に登場させる真菌を、私は迷うことなくC.albicans と決めた。代表的な病原真菌は?、と聞かれたら、大半の読者の方々はこの菌をあげるに違いないし、私もその1人だからである。そういわれるだけの理由は幾つもある。第1に、この菌がひき起こす病気つまりカンジダ症は最も古くから知られてきた真菌症であり(ヒポクラテスによる今でいう口腔カンジダ症の症例の記述)、その原因としてC.albicans が認識されたのも病原真菌のなかでは最も早かった(Langenbeck,1839年)。
 2番目の理由は、深在性真菌症のなかで最も発症頻度の高いカンジダ血症その他の侵襲性カンジダ症の最多原因菌であるという本菌の疫学的重要性にある。そして第3には、C.albicansがこれまで最も多く研究されてきた病原真菌であることがあげられる。それは、この菌がもつ176という信じ難い数の異名(“The Yeasts, a TaxonomicStudy” 第5版, 2011年)をみれば歴然である。なおその中には太田正雄(木下杢太郎)博士が提唱した17もの菌名が含まれている。そういえば、私の医真菌学研究生活も四十数年前のC.albicans のリボソーム機能の解析でスタートした。
 それにも増して大きな理由は、C.albicans がもつユニークな形態学的特徴にある。通常は酵母として発育、増殖するが、特定の環境条件にすると仮性菌糸を伸ばして発育する二形性とよばれる特徴をもち、加えて、その仮性菌糸の先端または中間部に厚膜分生子を形成する。二形性は大多数のCandida spp.に共通してみられるが、厚膜分生子をつくる菌種は、C.albicans のほかにはC.dubliniensis が知られているだけである。
 ここに示す写真には、何本もの長い菌糸とそこからひんぱんに生じている短い分枝の各先端部と、菌糸の途中に小さな粒(出芽型分生子)の集塊を伴って、二重輪郭をもつ大きな円型の厚膜分生子がびっしりとついている姿がくっきりと写し出されている。小さな視野の中でごく限られた部分しか撮れない通常の鏡検写真からはとても得られない迫力と華やかさを感じさせる。またこの写真を見た時、命名法の規約上から残念ながら正式な菌名にはならなかったが、太田博士が提唱したMyceloblastanon(菌糸形+酵母形の意味)は実に妙を得た属名であることを再認識した。

写真と解説 山口 英世

1934年3月3日生れ

<所属>
帝京大学名誉教授
帝京大学医真菌研究センター客員教授

<専門>
医真菌学全般とくに新しい抗真菌薬および真菌症診断法の研究・開発

<経歴>
1958年 東京大学医学部医学科卒業
1966年 東京大学医学部講師(細菌学教室)
1966年〜68年 米国ペンシルベニア大学医学部生化学教室へ出張
1967年 東京大学医学部助教授(細菌学教室)
1982年 帝京大学医学部教授(植物学微生物学教室)/医真菌研究センター長
1987年 東京大学教授(応用微生物研究所生物活性研究部)
1989年 帝京大学医学部教授(細菌学講座)/医真菌研究センター長
1997年 帝京大学医真菌研究センター専任教授・所長
2004年 現職

<栄研化学からの刊行書>
・猪狩 淳、浦野 隆、山口英世編「栄研学術叢書第14集感染症診断のための臨床検査ガイドブック](1992年)
・山口英世、内田勝久著「栄研学術叢書第15集真菌症診断のための検査ガイド」(1994年)
・ダビース H.ラローン著、山口英世日本語版監修「原書第5版 医真菌-同定の手引き-」(2013年)

世界遺産の富士山登山の心得

東海大学医学部 基盤診療学系臨床検査学 教授
宮地 勇人

富士山が世界文化遺産に登録された。ある夏、キャッチフレーズ「一生に一度は富士登山」に惹かれて、1泊2日のバスツアーに職場仲間とともに参加した。登山ガイド付きで初心者に安心である。行程は新宿駅前から登山口までバスで行き、途中の山小屋に一泊後、翌朝に登頂、下山後に温泉に寄る。前日の夜は研究会のため、都内のホテルに宿泊した。翌日を控えて自重するも誘惑に勝てず、2次会まで参加。飲み過ぎと寝不足の状態で朝バスに乗った。体調不良で高山病を覚悟した。富士山五合目でバスを降り、八合目の山小屋を目指した。シーズン最後の日曜日とあって、登山客が多く、幾つかのツアー団体が並んで登った。外国人が背負う乳児の泣き声は異様に高く響き、気分悪さのためか、そのトーンは徐々に高くなった。隣のツアー客では体調不良でリタイアが出た。辛そうにしていた別のツアー客が遂に痙攣で倒れた。トラクター荷台にて下山する光景を見て、一挙に緊張が高まった。次は自分と覚悟した。ガイドによると、登頂率は9割前後。20数人の一行から2-3名は脱落する計算である。山小屋到着は予定より2時間遅れた。夕飯を済ませ、8時から仮眠するも寝袋内で寝付けず。起床は渋滞を避けるため夜10時過ぎと早まった。山の一泊の短さに驚き、さらに不安になった。雨と暗闇の霧中、山頂を目指した。やがて雲の上に出ると、手が届きそうな満天の星を仰ぎつつ、眼下には幻想的なヘッドライトの列が続いた。自分を先頭に全員、登頂に成功!雲海の上からご来光を拝めた。達成感は格別であった。下山は順調であったが、どんでん返しが待っていた。膝が悪くゆっくりペースの1人が行方不明となった。ガイドが捜索のため残り、一行はバスで山中湖温泉に向かった。新宿に戻った際、行方不明者が自力で無事に下山したことを知った。
 富士山は世界遺産となり登山人気は一層高まっている。一方、備えも忘れてはならない。春先から近くの山に何度か登り心肺や足腰を鍛えていたことが幸いした。寝不足や飲み過ぎは禁物。超早寝早起きの習慣も大切である。短時間でも山小屋で横になれば低酸素や気圧変化に慣れる。心得として、体調の管理と十分な体力準備の重要性を学んだ。

〇明けましておめでとうございます。皆様おだやかな良き新年をお迎えのこととお慶び申し上げます。
 本誌もおかげをもちまして、めでたく発刊から今年で60年を迎えることができました。また、3月号では通巻700号を数えます。これもひとえに皆様のご支援のたまものと心より感謝申し上げます。
 ここを節目といたしまして、初代の編集委員の先生から受け継がれている、貴重な情報の提供を通じて人々の健康に寄与したいという熱い思いを胸に頑張っていきたいと思っております。温故知新と申しますが、守るべきものと変わりゆくもの、それぞれの尊い重みを感じながら新たな時を重ねていくことができれば幸せと存じます。
 本年も本誌へのご支援のほどお願い申し上げます。
〇年末年始のお休みはいつも、大掃除、年賀状書き、年末年始のご馳走の用意、お祝いの宴席等々で慌ただしく過ぎていく。例年より長い休暇にもかかわらず、今年の正月もそうこうしている内に過ぎ去ってしまい、気がつけば普段どおりの毎日に身をおいている。
「枯木に鴉(からす)が、お正月もすみました」
 これは、放浪の俳人 種田山頭火が詠んだ句の一つ。年末年始の非日常な時間は、まるで短い夢、あるいは魔法のようでもある。
〇1月は睦まじく皆で集う月という意味で睦月(むつき)ともいわれる。英語ではJanuary、フランス語ではjanvier、ドイツ語でJanuarである。これらは全て、門戸の神であるJanus(ヤヌス、ヤーヌス、イアヌスなど)を語源とするものである。古代ローマではヤヌスは大神であり、神々のなかでも最古、最貴、最高と信じられていた。これにより祈祷の際には真っ先にヤヌスの名があげられたことから、いつしか一年の始まりである1月の守護神とされた。ヤヌスは前後2つの顔をもち<門>にあって、時の後先、全ての事柄の終わりと始まりを見守っており、ヤヌスによって一年の安泰がもたらされると信じられていた。古代ローマの貨幣の上にも、静かな眼差しを湛えた彫りの深いヤヌスの2つの顔が左右を向く格好で刻まれている。
〇一方、日本において一年の安泰を叶える役目を果たしてくださるのが年神(としがみ)様である。古語では、年神の「とし」とは米穀のことを指したといい、かつては、農村生活の切実な願いである豊作の守護神として年神様をお迎えすることが正月行事の主たる目的であった。
 年神様のことを「としじいさん」と呼ぶ地域もある。小正月に正月飾りを持ち寄って焼く「どんど焼き」の白い煙の中に白髪の老人が姿を現し、煙とともに消えていったという古い言い伝えもあったようだ。
 年神様が白髪の老人とされたのは、家の守護神である先祖の霊と重ね合わせられたことが理由とされている。大きな神社にお参りに行ったり、正月を楽しむことに走りがちな自分を反省しつつ、「一人で大きくなったような顔をして」と先祖を寂しがらせぬよう、まずは自分の先祖に感謝する気持ちを大切に、と肝に銘じた。

(大森圭子)

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